2015年9月14日月曜日

須弥山図曼荼羅


 ≪須弥山図曼荼羅≫

 倭国の王たちが、

 なぜ前方後円墳を造ったのかまで明らかになる。

 それは前方後円墳が、

 壮大な発想による地上絵として描かれたもので、

 サイズではエジプトの巨大ピラミッドを

 遥かに超える大土木事業によって建設された、

 巨大な『須弥山図曼荼羅』だったのである。

 古墳時代人が曼荼羅を知らなければ

 前方後円墳は生まれなかったのだ。

 須弥山図は加治木義博の『日本人のルーツ』

 (保育社カラーブックス=1985年)の巻頭にある

 前方後円墳との比較のものだが、

 前方後円墳と須弥山図とが同じものを表現していることは、

 我が国の発掘考古学で「張り出し」と呼んでいる部分までが、

 須弥山図に描かれていることで明らかである。

 さらにそればかりでなく、

 我が国の古墳と、インドで想定された須弥山図の着想が、

 ギリシャの墓制に複数の起源をもつと同時に、

 さらに古代日本人を構成してもいた複数の人種文化が

 加わっていることも明瞭にみてとれる。

 「古墳のルーツと形態の関連」

  ピタゴラス大使の墓

  古代ボントス王国の遺跡で発見された

   墓の幾何学構想円と三角が

  永達のシンボル前三角・後円の石造墓稗

  須弥山図曼荼羅

  基礎にギリシャ思想と同じものがあったのか

  宇宙と永遠のシンボル下円・上三角の世界図

  サーンチーの大塔

  釈迦のシャリが葬られた初期ストゥーパ(仏塔)

  これは全部円型であるが下方・上円墳もある

  『日本人のルーツ』(保育社カラーブックス=1985年)1ページ
  
  古墳は何を象ったか

  代表的古墳である前方後円墳の形は、

  何を意味しているのだろうか。

  死者を弔うという目的と日本人のルーツからみて、

  仏教須弥世界図(インド古写本)を

  象ったものという考え方もあってもいいと思う

   (古墳は時と共にかなり形が崩れている)。

 須弥世界とは仏教の世界観で、

 古代インド人の故郷シュメールと結ぶ説もある。

 このほか

 円墳・方墳は、円形は天を、方形は地を意味する中国の思想、

 などとの結びつきが考えられている。

  ※出典:加治木義博
     「言語復原史学会・大学講義録:11~12頁」

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