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≪須弥山図曼荼羅≫
倭国の王たちが、
なぜ前方後円墳を造ったのかまで明らかになる。
それは前方後円墳が、
壮大な発想による地上絵として描かれたもので、
サイズではエジプトの巨大ピラミッドを
遥かに超える大土木事業によって建設された、
巨大な『須弥山図曼荼羅』だったのである。
古墳時代人が曼荼羅を知らなければ
前方後円墳は生まれなかったのだ。
須弥山図は加治木義博の『日本人のルーツ』
(保育社カラーブックス=1985年)の巻頭にある
前方後円墳との比較のものだが、
前方後円墳と須弥山図とが同じものを表現していることは、
我が国の発掘考古学で「張り出し」と呼んでいる部分までが、
須弥山図に描かれていることで明らかである。
さらにそればかりでなく、
我が国の古墳と、インドで想定された須弥山図の着想が、
ギリシャの墓制に複数の起源をもつと同時に、
さらに古代日本人を構成してもいた複数の人種文化が
加わっていることも明瞭にみてとれる。
「古墳のルーツと形態の関連」
ピタゴラス大使の墓
古代ボントス王国の遺跡で発見された
墓の幾何学構想円と三角が
永達のシンボル前三角・後円の石造墓稗
須弥山図曼荼羅
基礎にギリシャ思想と同じものがあったのか
宇宙と永遠のシンボル下円・上三角の世界図
サーンチーの大塔
釈迦のシャリが葬られた初期ストゥーパ(仏塔)
これは全部円型であるが下方・上円墳もある
『日本人のルーツ』(保育社カラーブックス=1985年)1ページ
古墳は何を象ったか
古墳は何を象ったか
代表的古墳である前方後円墳の形は、
何を意味しているのだろうか。
死者を弔うという目的と日本人のルーツからみて、
仏教須弥世界図(インド古写本)を
象ったものという考え方もあってもいいと思う
(古墳は時と共にかなり形が崩れている)。
須弥世界とは仏教の世界観で、
古代インド人の故郷シュメールと結ぶ説もある。
このほか
円墳・方墳は、円形は天を、方形は地を意味する中国の思想、
などとの結びつきが考えられている。
※出典:加治木義博
「言語復原史学会・大学講義録:11~12頁」
「言語復原史学会・大学講義録:11~12頁」
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