2015年10月30日金曜日

佐紀陵山(日葉酢媛陵)古墳の銅鏡


 ≪佐紀陵山(日葉酢媛陵)古墳の銅鏡≫

  出典:保育社:カラーブックス:
        古墳―石と土の造形―森浩一著:15頁

  《佐紀陵山(日葉酢媛陵)古墳の銅鏡》
  
  奈良盆地南東部の前期古墳群をはなれて、

  奈良市北郊の佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群へいくと

   様相が少し変わる。

  佐紀陵山古墳はその群では初期に築かれた前方後円墳であるが、

  大正五年の大盗掘で後円部の竪穴式石室から

   遺物がもちだされ世間を驚かせた。

  この写真は、当時高橋健自博士が作られた拓本である。

  天神山では舶載鏡が大部分であったのが、この次期になると、

  中国鏡をモデルにして畿内の鏡作り工人が模作している。

  方格規矩四神鏡では四神を唐草風にあらわし、

  内行花文鏡では縁にわが国特有の直弧文を加えている。

  「写真」仿製の内行花文鏡

      仿製の方格規矩鏡


  『出典』言語復原史学会・加治木義博:
      KOFUN:38~40頁

  《天平以後に造られた現・日葉酢媛陵》

  陵のもつ重要な線は、

   すべて関連している直線上の陵墓に支配されているし、

  また、それらの陵墓の所在を指し示してもいるのである。

  その数例をあげておこう。

  成務天皇陵の前方部下底線は元正天皇陵(奈保山西陵)と

  磐之媛陵の後円部北端とを結ぶ線である。

  日葉酢媛(ひばすひめ)皇后陵の前方部下底線も、

  磐之媛陵の中央部を経て元正天皇陵に達する線である。

  (この皇后陵は『延喜式』にはない。後世の決定である。)

  孝謙天皇陵の前方部下底線は東南はるか

  18.5キロメートル先の箸(はし)墓(倭迹迹日百襲姫墓)の

  後円部東端に達し、さらに崇峻天皇陵に至る

  24キロメートルの直線によって形成されている。

  箸墓、崇峻陵に比べて、

   8世紀なかばの孝謙女帝の陵が新しいことはいうまでもない。

  とすれば、この下底線の歪みは、

   直線に沿って始めから歪めて造られたのである。

  この結論には疑う余地がない。

  とすれば、奇妙な事実に、お気づきにならないであろうか?

  それは成務天皇陵と日葉酢媛陵という古い時代のはずの陵が、

  後世に造られたはずの

   元正天皇陵によって影響されているという点である。
  
  古い二陵の下底線が始めから歪めてあったとしたら、

   それは一体なぜなのか、という謎である。

  そして、その東への延長線が交わる所に、

   なぜ元正天皇陵があるのか。

  あらかじめ後世の子孫のために、

   そうした歪みをわざわざ作っておいたのか?

  しかしそれなら、あまりにも時代の離れた元正天皇でなく、

  もっと早い時代の、時代の接近した天皇の陵が、

   そこに造られてもよさそうなものだ?

  といういくつもの疑問が、重なり合って出てくるのである。

  同じことは応神陵でもみられる。

  これはどうみても元正天皇陵が先であって、

  成務、日葉酢媛の両陵は、

   それ以後に造られたものとみるはかない。

  だが薄葬令後、天皇の陵も名ばかりになった後に、

  こうした伝説的な天皇や皇后の陵を造営するということが

   はたしてあり得たのであろうか?

  薄葬令後に陵が全く造られなかったのでないことは、

  孝謙女帝陵があることでもわかるが、

   元正女帝が平城京の完成者であること、

  その平城京敷地内には古墳があったが、

  それを削り取って都市計画を実施したことなどを考えあわせると、

  天平二十年(748年)の元正上皇の死以後に、

  かつて削り取った古墳の主の崇りを恐れて、

  この成務、日葉酢両陵を造り直したということは、

   あり得ないことではない。

  それはこの二陵が履中陵型式に近いからでもある。

  本シリーズの中の『卑弥呼を攻めた神武天皇』では、

  神武天皇の皇后にあたる日葉酢媛の御陵が、

  『延喜式』の中にないという重大なナゾについてお話しした。

  このことには当然、当時の人も気がついた。

  そこで新しく造営したという裏面史が、

   リアルに目に浮かんでくる。

  ⦅古墳の墳形と他の陵墓との関係⦆

  (本図に引いた線は
   
   目標物を隠してしまわないように離して引いてある)

  0. 元正陵 

  1. 磐之姫陵

  2. 日葉酢姫陵

  3. 成務陵

  4. 孝謙陵

  5. 神功陵

  い. うわなべ古填

  ろ. こなべ古墳 

  は. 平城天皇陵

  M. 聖武陵

  N. 垂仁陵


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