2012年2月15日水曜日

漢字の時代別発音(2)



 政権交替ごとに変わった中国の公用語
 政権交替ごとに変わった中国の公用語 

 これで日本列島に統一政権が生まれたのは、670年だったこと。

 その統一者は「日本]で、それはそれまで鹿児島県にあった政権だったこと。

 それ以前は日本列島は分割統治時代だったことが疑問の余地なく明瞭になった。

 だが鹿児島県程度の小勢カが、あの巨大古墳群を築き、

 大規模な須恵器産業を背景にした強大な大国・倭国を、

 本当に滅亡に追いこんだのだろうか?

 鹿児島県が3世紀当時の邪馬臺・邪馬壹国に当たることは、

 もう私の読者には完全に理解していただいていることである。

 この二つの国に共通している名詞「邪馬」は、

 中国の政権が変わるたびに発音が変化した。

 漢字が今の字形になった漢代から六朝時代までは、

 私たちが今も使っている「邪魔」の漢音と同じ「ジャマ」だったが、

 8世紀の唐代になると大きく変化して「ヤマ」と読むように変わった。

 だから今一般に使われている「ヤマタイ」とか「ヤマイチ」という読みかたは、

 『魏書倭人章』が書かれた3世紀の発音ではない。

 こうした中国の漢字の発音変化史は、

 私が初めて日本に紹介したスウェーデン人の中国文化総合的研究者、

 B・カールグレンの長期にわたる研究をもとにして、

 私たちの言語復原史学会でさらに細部まで

 検討改訂を加えて完成したものである。

 カールグレンは漢字音の時代変化を、

 漢魏時代のものを上古音、

 唐代を中古音、

 清朝以後を近世音として三つに分けた。

 私たちはその後の言語学者の研究を踏まえてさらに細分化して、古いほうから、

 夏(か)音、

 殷(いん)音、

 春秋北(ほく)音、

 春秋南(なん)音、

 春秋西(せい)音、

 漢魏(かんぎ)音、

 東晋(とうしん)音、

 六朝(りくちょう)音、

 洛陽(らくよう)音、

 唐音、

 唐長安(ちょうあん)音、

 宋音、

 元朝(げんちょう)音、

 明(みん)朝音、

 北京(ペきん)音、

 広東(かんとん)音、

 福建(ふつけん)音に大別している。

 こうした発音の変化が起こるのは、

 時代を経たために発音が変化したわけではない。

 広大な中国のことだから、

 地方には古代から数多くの方言があったのであり、

 ある政権を他の地方政権が倒すと、

 新しい政府を構成する王族や大官や家臣の一族が、

 その地域から大量に首都に移動したために、

 その地方の方言がその政権の公用語になり、

 標準語になったのである。

 だからこうした区別は、

 その時代に首都とその周辺で記録された公文書類、

 ことに正史を読むのに必要なのであって、

 もちろん『三国志』の『魏書倭人章』も例外ではない。

 「邪馬董」をヤマダイと読んだのは、

 中国に唐政権ができて、

 皇帝や大官たちが自分たちの発音を公文書に使った7世紀以後の読みかたである。

 だから3世紀に

 『魏書倭人章』に編集された魏の帯方郡使の報告書は、

 当時の「漢魏音」で発音したもので、

 絶対に8世紀の発音ではなかった。

 これを知らずに「ヤマタイ」などと発音しながら、

 それは

 「ヤマトとも読めるから、ヤマタイコクはいまヤマトといっている奈良県にあったのだ」

 などといっているのが、

 学者としては、どれくらい無知で恥ずかしいことか、よくおわかりになると思う。

 『参考』

 「中国の歴史」
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 「中国史関係記事一覧」
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 「中国帝王一覧」
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 「中国帝王一覧」

 「中国史時代区分表」
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 「夏商周年表」
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 「魏晋南北朝表」
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 「中国の首都」
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 「元号一覧 (中国)」
 「元号一覧 (中国)」
  
 「二十四史」
 「二十四史」

 中国正史
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   言語復原史学会
  言語復原史学会

 『参照ブログ』
 古代メソポタミア
 ウワイト(倭人):大学講義録
 ウワイト(倭人)大学院講義録 
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 「古代史キーワード検索」         
 ひねもす徒然なるままに  
 古代史つれづれ

 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状

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